アメリカ大陸では馬は1万年前に絶滅した アメリカ大陸のアンデス文明は、何故ユーラシア大陸の西洋文明に破れて滅亡したのでしょうか。これには諸説あり、『銃・鉄・病原菌』(まさにタイトルそのものがアンデス文明に欠けていたものですが)においては「文明は気候差の影響などで東西に伝播する速度のほうが南北に伝播する速度より速く、南北に長いアメリカ大陸は地勢的に文明の伝播に不利な状況があった」などと指摘されています。私はそのような地勢的な状況もあった一方で、『銃・鉄・病原菌』でも重視されていてもテーマの本質ではなかった「馬」の存在の有無が両大陸の文明を分かつものであったと思います。…さらに読む
フランスの核抑止戦略 (1)「独自の核による抑止」に依存した国家安全保障 ・死活的に重要な利益の防衛(仏本土、周辺地域、第三世界) ・国家独立の確保(核保有国としての決定権、行動の自由) (2)「不戦」と「小国の大国に対する抑止」(大量報復、都市攻撃) **** ミッテラン社会党政権下の核政策 社会党(社会民主主義政党)は反戦、平和主義 しかし野党時代、反核から核容認へ転換 (1)新冷戦の時代 ・海外情勢:東西陣営の緊張、軍拡 ↓ソ連の軍事的脅威の増大 フランス:核抑止の信用維持の必要性 ・核関連兵器の開発、西欧の共同防衛としての核の位置づけ (2)東西緊張緩和の時代 ・海外情勢:ゴルバチョフ……さらに読む
縮小する世界経済 まず、当時の世界の状況をおさえておきましょう。1929年にアメリカ・ウォール街の株価暴落を契機とした世界恐慌によって、1930年代には世界経済は深刻な打撃を受けます。下の表は、国際連盟がまとめた世界貿易の推移ですが、1938年に至っても、恐慌直前の1928年に比べて3分の2程度に落ち込んでいることがわかります。…さらに読む
国際社会 国際社会の特徴は、国内社会と比較した場合、以下の6点に要約される。(1)国内社会にはその社会共通の道徳的判断を反映した法律が存在するが、国際社会にはそのような法律は存在しない。(2)国内社会には法律を必要なときに変更するような政治機関が備わっているが、国際社会にはそのような政治機関は存在しない。(3)国内社会には法律の執行に携わる執行機関が存在するが、国際社会にはそのような執行機関は存在しない。(4)国内社会には紛争を法律に従って解決する裁判所が備わっているが、国際社会にはそのような司法機関が十分に備わっていない。…さらに読む
近代ヨーロッパの孤独について 現在、世界を動かす様々なシステムや理念は、近代ヨーロッパの社会的文化的影響を強く受けている。しかしながら、我々は必ずしもヨーロッパの発展の要因を解明したとは言い難い。ここでは、産業革命の衝撃を受けた直後からのヨーロッパを、「孤独」という視点から、様々な側面ごとに分析した。哲学者ニーチェの主張もふまえながら、現代を覆う「近代ヨーロッパ発の危機」の構造を見ていきたい。…さらに読む
イギリス学派とは何か 戦後のロンドン大学を中心に形成された国際政治学の一派。国際社会を概念の中心に議論を展開したのは、M.ワイトやC.A.Wマニング がはじめであり、その後H.ブル、F.S.ノーセッジ、英国キール大学のA.ジェイムズ、LSEのR.J.ヴィンセントなどに引き継がれた。イギリス学派のアプローチの特徴は、哲学の「全体論的」な立場にある。つまり、全体はその部分の機械的総和より大きな存在である。国際社会は、それを構成している主権国家などの<部分>よりは大きな、何か独自の論理構造をもつ社会であるとみる。…さらに読む
東京大学総長杯弁論大会の特徴 1998年に私が出場した時は、第一の部(弁論)→第二の部(第一の部の通過者による即興弁論)→第三の部(第二の部の通過者2人による討論)という大会形式でした。審査員による評価が偏差値方式なのも特徴です。第二の部にまでは通過できたのですがのですが、第三の部に出場できる2人にはなれませんでした。安田講堂で演説できたのは良い思い出です。以下、当時の弁論原稿をアップします。『アジアの世紀』(東京大学総長杯争奪学生弁論大会原稿) つい最近まで、「21世紀はアジアの世紀」といわれていました。アジア経済が急速な成長を遂げ、世界経済の成長センターとして一気に浮上してきたのです。…さらに読む
ヒンドゥー教とイスラム教のちがい 左がヒンドゥー教・右がイスラム教 ヒンドゥー教イスラム教 多神教一神教多神教・・・ ヒンドゥー教が広がる過程で、動物・生物や物神の崇拝、精霊信仰やトーテミズムなど様々な要素を持つ土着信仰を混入させていった。これら神々のあいだには 様々な系譜が見られる。神道やギリシア神話のように男性神は女性神を配偶者として持ち、時として人間や動物などに姿を変えて人間の前に現れ、汎神論的な傾 向を持っている。さらに、ヒンドゥー教の神観念の中には主宰神(しだいに有力な神が台頭し、他の神を従える)という考え方が成立しており、一神教的な傾向 も持っている。…さらに読む
インド・パキスタン分離独立の歴史 1858年ムガル帝国滅亡 1877年イギリス領インド帝国成立 イギリスのインド統治…イギリスはインドを支配するにあたって、旧来の支配層を破壊するのではなく、巧妙に彼らを利用する方法を選んだ。ムガル帝国下の500以上の藩王国はイギリスの支配の下で存続できるようにし、イスラム教徒とヒンドゥー教徒との扱いについても区別を行った。このような統治方針のもとで、イスラムとヒンドゥーの内部衝突が生まれ、反英運動の組織化は大幅に抑制された。1885年インド国民会議開催 インド国民会議(派)…A.O.ヒュームらの後押しによって開催されたインド人の有識者会議。…さらに読む
安全保障とは何か 現在、地球上には190もの国家が存在します。国家とは、それぞれに政府を持ち、地球表面の特定部分と人類の特定部分集団について主権を主張する独立政治社会のことです。国家は意思決定と行動の自由を持った自己完結的な行動単位であり、その自己完結性は領土と国民に対する排他的な統治として表現されます。国家によって統治される国内社会は、統一的な政府が軍事力を独占して存在するため、一般的には秩序が保たれています。…さらに読む
1.はじめに 本論は、国際政治におけるユートピアニズムとリアリズムの関係を論じていくことを目的としている。ユートピアニズムとリアリズムの問題は、国際政治に固有のものではない。近代ヨーロッパにおいてユートピアニズムとリアリズムの対立は、トマス・モアとマキアヴェリとの相克から連綿として伝わっている。しかし第一次世界大戦後、理性の主権を信じて国際舞台に登場したW.ウィルソンのユートピア的思惟方式の台頭とその挫折は、国際政治学においてもいわゆる理想主義と現実主義の思想的系譜が持ち込まれることを示していた。…さらに読む