カール・シュミットとナチス政権

ドイツ民主主義の無力さとナチスの登場

第一次世界大戦で敗戦国となったドイツは、多額の賠償金を科せられ、国内では深刻なインフレと失業者の増大に悩まされていました。大戦後のドイツには普通選挙権や社会権を保障した高度な民主主義体制が築かれていましたが、各政党はドイツ経済を立て直す抜本的な政策を打ち出すことができず、人々の政治に対する失望や無力感が募っていきました。

そこに、まったく新しいスタイルをもった政党が現れます。その政党は、危機に対し無力を露呈した議会を激しく批判し、派手な大衆運動と過激な主張で次々に支持を広げていきました。その政党こそが、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)です。ナチスはやがて総選挙で大勝利を収め、党首ヒトラーは合法的に独裁制を実現させました。ナチス以外の政党の活動は禁じられ、議会は総統の決定を拍手で承認する機関にすぎなくなりました。

ナチスの政権運営の本質は、官僚による統制経済にあります。この統制経済が、国内の失業問題を一気に解決し、国民にはレジャーを楽しむ時間も与えられました。さらに、ほとんどのマス・メディアがナチスの統制下におかれ、ナチスは映画や音楽などを使って大衆を扇動することに成功しました。

カール・シュミットによる議会制民主主義批判

このナチスの理論家に、公法学者カール・シュミットがいます。シュミットは、議会制民主主義の問題点を鋭く指摘したことで知られています。彼は、自由主義と民主主義を区別するべきであると唱えました。民主主義は議会制民主主義によって実現されるのではなく、議会の根本は自由主義であり、これは民主主義とは本来異質であるとしました。

シュミットは、多数決が真実に近いとする考えは本来は自由主義に基づくものであり、「大衆の意思」の実現を理念とする民主主義は、多数決を否定しても実現しうると指摘しました。むしろ多数決や議会政治は、選挙民の意思をはなれた場所で「代表」が駆け引きや妥協による無力を演じています。ナチスの出現は、このような代表制による大衆の意思の疎外を廃し、大衆の拍手と歓呼で強力に政治を推進し、失業問題の解決という大衆の意思を実現させました。このような論拠に立ち、彼はヒトラーによる独裁政権が民主主義的であるとしました。

さらに彼は、秘密投票にも批判を展開しました。秘密投票は、選挙民を「個人」に還元させてしまいます。誰にも自分の意思決定が見られることはないので、それぞれの個人が「私的」な部分を持つことになります。公開の場で拍手や喝采で意思表示をしないような人の見解も大きな影響力を持ち、秘密投票による意思決定は「私的」なものになってしまうと主張しました。

現代民主主義の課題

ナチス政権は、やがて戦争への道を歩むことになります。さらに、反ナチ的な書物を焼き払い、反対者やユダヤ人を徹底的に弾圧しました。詩人ハイネの言葉に、「本を焼く者はやがて人を焼くようになる」という言葉がありますが、まさにその道を歩むことになったのです。ナチスの出現は、現代に消えることのない悲劇の烙印を押しました。

しかし、悲劇であることを理由に、ナチスの発展過程を、マス・メディアを使った大衆扇動によってだまされていただけ、などのように矮小化してしまうだけでは、歴史の教訓を次代へ活かしていくことができないでしょう。ナチスによる民主主義批判はいかなる構造を持っていたのか、その批判に対して議会政治の優位性を主張するためには、いかなる解答を考案していくべきなのか。現代民主主義の一つの重要な課題であるといえるかと思います。