ヒンドゥー教とイスラム教の違い

 ヒンドゥー教とイスラム教のちがい

左がヒンドゥー教・右がイスラム教

 
ヒンドゥー教
イスラム教
多神教
一神教
多神教・・・ ヒンドゥー教が広がる過程で、動物・生物や物神の崇拝、精霊信仰やトーテミズムなど様々な要素を持つ土着信仰を混入させていった。これら神々のあいだには 様々な系譜が見られる。神道やギリシア神話のように男性神は女性神を配偶者として持ち、時として人間や動物などに姿を変えて人間の前に現れ、汎神論的な傾 向を持っている。さらに、ヒンドゥー教の神観念の中には主宰神(しだいに有力な神が台頭し、他の神を従える)という考え方が成立しており、一神教的な傾向 も持っている。今日のヒンドゥー教では、多くの民衆にとってヴィシュヌ神とシヴァ神がそのような権威を確立している。 一神教・・・ 「アッラーの他に神はない。ムハンマドは神の使徒である」という言葉に象徴されるように、イスラム教徒にとってアッラーこそが唯一の神となっている。ヒン ドゥー教が特定の始祖を持たないのに対し、イスラム教を創始したのはムハンマドであり、ムハンマドはあくまで「最後の預言者」「神の使徒」である人間にす ぎない。この点は、「父と子と精霊」の三位一体論を展開していったキリスト教とは大きく異なる。
偶像崇拝 偶像崇拝・・・日常の宗教儀礼や慣習の中で神を偶像として具象化することが当たり前となっている。ここには多神教の影響があると思われる。様々な神が多種多様に存在する中では、神を偶像化させて区別するのは有効な手だてである。 偶像崇拝禁止・・・イスラム教では礼拝の対象に偶像を置くことを厳しく禁止してきた。しかし、一部の地域(特にもともと土着の偶像崇拝が強かった地域)では、明確なかたちこそとらなかったものの、偶像に代わる崇拝の対象を何らかのものや人格に求めることはあった。
礼拝 マンディル・・・ヒンドゥー教では、マンディルと呼ばれる寺院で礼拝が行われる。個人個人がばらばらの時間に礼拝をする。カーストによって一部の人々を受け入れない寺院もあるが、女性に対する禁忌はない。 モスク・・・ イスラム教の場合、公共の礼拝所としてモスクがある。モスクは人々が共同で礼拝を行うための公共施設であり、寺院のような神格性を持ったものではない。定 められた同じ地点、聖地メッカへ向かって一斉に礼拝を行う。イスラム社会では女性は家で礼拝するのが一般的だが、一部には女性用につくられたモスクも存在 する。
死生観 業と輪廻・・・ ヒンドゥー教にとって、現世はいくつもの生の1つにすぎない。人はみな過去に前世があり、来世が待ち受けているとされる。人間の生は車輪のようにつながっ ており、現世のあり方を決定するのは前世の業である。業とは、人間の行為に他ならない。このため、人間は善行をすれば来世では必ず報われるとされ、最終的 には何度も繰り返す輪廻の世界から抜け出して天上の楽園で暮らすことが理想とされた。 最後の審判・・・ イスラム教では、死とは「最後の審判」までの仮眠の時期であるとされている。最後の審判では「すべてお見通し」の唯一神アッラーの裁きを受ける。人は、こ の絶対者の前では全く無力である。イスラム教にはカダルという観念があり、生涯の間にアッラーに帰依し、定められた戒律を厳しく守っていけば、アッラーが それを認め審判に影響することもありうると言われている。
聖典 ヴェーダ』・・・ヒンドゥー教の場合、コーランのような絶対の聖典はなく、それぞれの信者がそれぞれの教典を持っている。しかし、神々への賛歌や呪文、日々の祭儀に関する規定などが盛り込まれたヴェーダが聖典のような地位をしめていることが多い。 クルアーン』・・・クルアーン(日本では「コーラン」とも呼ばれるが、アラビア語を正しく表記したものはクルアーンである)は、ムハンマドに対する神の啓示を文章にしたものであり、イスラム教にとって絶対の聖典である。
宗教
指導層
バラモン・・・ヒンドゥー教では司祭階級であるバラモンが古くから聖職者としての地位を確立していた。さらにカースト制度の確立によって、バラモンはヒンドゥー教の精神的・宗教的指導層として、歴史上大きな影響力を持ってきた。 ウラマー・・・イスラム教は、すべての信徒はアッラーに直接帰依すべきという考えのもと、聖職者を持たない宗教である。しかし、イスラム世界の発展と共に、ウラマーと呼ばれるイスラム法学者・神学者などの学識者が宗教的に大きな影響力を持つようになった。

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