伊達慶邦を将軍にすると記した奥州改元大政元年資料

奥羽越列藩同盟の政権構想

戊辰戦争の時、奥羽越列藩同盟では新政府軍に対抗して輪王寺宮(北白川宮能久親王)を新しい天皇として擁立しようとする動きがありました。いわば南北朝構想です。

輪王寺宮(北白川宮能久親王)

奥羽越列藩同盟に迎えられた輪王寺宮は1868年(慶応3年)6月15日に東武皇帝として即位し、元号を大政に改元したとする説があります。

その事を裏付ける史料が徳川宗家に伝わる『徳川宗家文書補遺』(徳川記念財団所蔵)に収められています。この史料では輪王寺宮を中心に九条や沢などの東北鎮撫軍の公卿、征夷大将軍として伊達慶邦、総副軍総裁に松平容保が名を連ねているいわば東北版朝廷の閣僚名簿となっています。仙台市博物館の戊辰戦争150年の特別展でこの史料を見る機会がありました。特別展は撮影禁止でしたが、この史料自体は仙台市博物館のパンフレットでも紹介されています。

仙台市博物館パンフレット

以下、その奥州改元大政元年資料の書き起こしです。

奥州改元大政元年資料

奥州改元
大政元年六月十五日
御即位
上野宮御事
東武皇帝

御諱
御后

一条前開白御女
仙台慶邦養女

執柄職
九条開白太政大臣
醍醐左大臣
澤大納言

月卿
龍亭大納言
正中野右少将
龍開院少納言

雲閣
野木位宰相
越小路左少将
澤侍從
田村新中将

北面
安達左近将監
山原左京亮一
保科左馬長
室賀上給榷佐
出川佐渡守
山崎大膳正
大久保主膳頭
神保左兵衛尉

藏人頭

舍人
室田椎少将
品川大夫

兼国務方

権征夷大将軍
仙台新三位藤原慶邦

総副軍総裁
会津中将源容保

陸奥国探題兼守衛
南部盛岡少将

出羽国探題兼守衛
佐竹秋田侍従

奥羽夷蝦相海兼守衛
津軽弘前少将

軍師
大久保筑後守
長尾主膳正
部西土佐守
伊倉備中守
八戶藏人佐
以上

越後口 米沢少将
奸賊防禦 桑名少将
松前伊豆守
本多宮内少将
先鋒軍師 高橋外記
本多正之助
白川口 二本松侍從

好賊
棚意四品
水野真三郎

防禦 松平大学頭
先陣 伊達将監 里見但馬
遊軍並兼御守衛賊
庄内少将

右誤字落字難斗本ノ事

即位や改元を巡ってどこまで実際に話が進んでいたのかは懐疑的な議論もあり冷静な検証が必要ですが、当時はこのような文書が盛んにつくられ奥羽越列藩同盟で使われていたと思われます。