東京ディズニーランドとオウム真理教

東京ディズニーランドとオウム真理教

1995年3月、東京の営団地下鉄で毒ガスを使ったテロ事件が発生し、5,500人もの被害者が出ました。このテロを起こしたのは新興宗教「オウム真理教」(現・アレフ)の教団メンバーであることが明らかとなり、警察は上九一色村の教団施設「サティアン」に対して強制捜査に踏み切りました。それまでもマスコミを通じて断片的な情報は入っていたとはいえ、強制捜査以降に明らかになったサティアンの全貌は世間に強い衝撃を与えました。無機質で極めて不衛生な無数の小部屋とそこに数多く貼られた教祖・麻原彰晃の写真、サティアンへの毒ガス攻撃に備えた巨大空調設備「コスモクリーナー」、世界最終戦争に備えた化学工場、そしてその中で「ヘッドギア」を頭につけて一心不乱に修行に没頭する信者達・・・。サティアンの光景を見て「虚構性」や「異質性」を感じた人達も少なくなかったと思います。

しかし、社会学者の中には、オウム真理教と私達の社会は「合わせ鏡」のような関係になっており、私達がオウムに対して抱いた虚構性や異質性は私達の社会の中にも内在していると指摘している人もいます。例えば大澤真幸は『虚構の時代の果てオウムと世界最終戦争』(筑摩書房)という著書の中で次のように述べています。

1970年代-とりわけその後半-以降の虚構の時代とは、情報化され記号化された疑似現実(虚構)を構成し、差異化し、豊穣化し、さらに維持することへと、人々の行為が方向づけられているような段階である。「情報社会」、「脱産業社会」、「消費社会」等々と名付けられ、いくぶんニュアンスを違えながらさまざまな角度から分析されてきたのが、虚構の時代の下にある社会であった。虚構の時代の黄金期は、1980年代である。虚構の時代は、見田宗介が指摘するように、たとえば「(東京)ディズニーランド」(1983年開園)によって象徴されよう。ディズニーランドは、慎重な配慮によって-たとえば入場者が自然に使用してしまう視線の配備を巧妙に計算に入れることで-外部の現実を徹底して排除しており、このことによって虚構の(幻想の)空間として自律している。ディズニーランドの興行的な成功は、日本社会が虚構の時代のただ中にあったことを示している。

さらに、同じく社会学者の吉見俊哉も次のように指摘しています。

現実とは、地域の人々との日常的なつきあいの中から発生してくるものではなかった。(中略)ディズニーランドが外部の現実に対して徹底的に閉じた自己完結的な空間であるのと同じように、波野村や上九一色村の教団施設からは、彼らの「解脱」や「救済」の物語と矛盾する外部の易化的な現実が入り込む可能性が最大限排除され、自己完結的なリアリティの整合性が保たれていったように見える。

サティアンと東京ディズニーランドの共通する傾向は、以下のように整理されるのではないでしょうか。

1.人間が人工的につくった虚構空間である

2.施設の中では外部(日常空間)の要素は徹底的に排除され自己完結性を持っている

3.ほぼ同時期に設立され(オウムの起源は1984年、ディズニーランドの開園は1983年)拡大の一途をたどった

4.これらの虚構空間は実態としては教義・科学技術・マニュアル・ルール・システムなどに高度に制御されて運営されているが、空間内にいる人々がそのことに違和感や不都合を感じることは少ない

5.むしろ虚構空間に自分の理想の楽園を志向している

6.虚構空間に対する日常からの直接の批判を観念的に寄せつけない(例えばディズニーランドを「しょせんは作り物」「商売」と言うと「夢がない」「発想が貧困」というまなざしで見られる)

もちろん、サティアンに集うオウム信者と、東京ディズニーランドに集う人々とを完全に同列に比較することはできません。またその空間の位相も大きく異なります(最大の違いは、東京ディズニーランドには1日の中に「時間的な終わり」があることでしょう)。しかし、ここで最も注目すべきは、「虚構の空間」がオウム信者においても私達の社会にとっても近年になって「強く要請されるようになった」ということです。さらにその要請された虚構世界は、日常世界よりもはるかに計算可能性や予測可能性に満ちた「制御された世界」であるのに、人々が自ら進んでそこに積極的な意味を見いだそうとしていることです。

今までのオウム事件分析では、オウム真理教信者の世界観におけるリアリティの欠如の要因として、専ら受験勉強やテレビゲーム・アニメなどが挙げられてきました。しかしそれだけでは、私達が虚構の世界を現実空間に再構築していることの分析を見落とすことになります。私達はなぜテーマパークを強く要請するようになったのか、その点についても含めて考えていくことが、リアリティが欠如した社会を分析していくカギとなるのではないでしょうか。

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