戦前の混合民族神話 戦後の単一民族神話

戦前の混合民族神話

戦前の日本は、軍事力を背景に朝鮮や台湾を帝国領として併合し、領土を拡張させていきました。このため、帝国総人口1億のおよそ3割を朝鮮人や台湾人などが占めるようになります。その際の統合原理として持ち出されたのが、日本人の混合民族神話でした。日本人のルーツは北方騎馬民族や大陸系や南方マレー系などの混合に求めることができ、古代から渡来人など異民族を受け入れ同化させながら発展してきたとする考えです。この混合民族論は戦前から戦中にかけて広範に流布され、多民族帝国としての日本の対外侵略や異民族への強引な同化政策を正当化する論拠となっていきました。

戦後の混合民族神話

しかし、第二次世界大戦の敗北によって大日本帝国は解体し、朝鮮や台湾などの領土が失われると、今度は単一民族神話が隆盛となります。日本は多民族国家ではなく、歴史的に比較的均質な単一民族によって構成され、外部との接触の少ない排他的な文化共同体であったという考えです。このような考え方はアイヌなど国内少数民族を無視した形での独特の日本民族論を生み、一国平和主義や(日本国民統合の象徴としての)象徴天皇制を支える論拠となっていきました。

戦前の混合民族神話から、戦後の単一民族神話へ。日本人の自画像は第二次世界大戦の敗北を機会として大転換を遂げましたが、いずれの場合にも民族間の文化的差異に関して類型的な認識を形成することしかできませんでした。今、日本社会には国際化の進展によって様々な民族が流入してきています。民族間の相違に対していかに深い理解を形成し、どのように共存していくか。これは戦後空間において解決されることのなかった課題でもあるかと思います。(参考:小熊英二『単一民族神話の起源』(新曜社))

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