東京大学総長杯争奪全国学生弁論大会

東京大学総長杯弁論大会の特徴

1998年に私が出場した時は、第一の部(弁論)→第二の部(第一の部の通過者による即興弁論)→第三の部(第二の部の通過者2人による討論)という大会形式でした。審査員による評価が偏差値方式なのも特徴です。第二の部にまでは通過できたのですがのですが、第三の部に出場できる2人にはなれませんでした。安田講堂で演説できたのは良い思い出です。以下、当時の弁論原稿をアップします。

『アジアの世紀』(東京大学総長杯争奪学生弁論大会原稿)

つい最近まで、「21世紀はアジアの世紀」といわれていました。アジア経済が急速な成長を遂げ、世界経済の成長センターとして一気に浮上してきたのです。当時、アジアは将来の先進国入りを目指し、活気に満ちていました。そのような中、アジアの指導者たちは自文明に自信を持ち、欧米の価値観に異を唱え、大アジア主義を前面に持ち出すようになりました。権威主義国の人権外交批判や西欧型民主主義批判はその典型的な例です。

しかし、今や状況は大きく変わりました。経済危機がアジアを直撃したのです。各国の経済成長は大きく落ち込み、都市は失業者であふれました。アジアの世紀を主張した者たちはすっかり声をひそめ、大アジア主義を唱えた国々では暴動が起きています。現在のアジアは、経済と政治の混乱のまっただ中にあり、アジアの世紀は来ない、アジア的価値観は普遍性がない、というアジア悲観論的な認識が強まってきています。しかし、アジアは本当に悲観すべき地域なのでしょうか。

アジアの経済発展の土台となったのは、資本主義体制でした。資本主義の概念は、もともと欧州で成立した近代経済学からうまれてきたものです。また、アジアの経済発展を可能としたのは、欧州から始まって世界大に拡大した近代世界システムに他なりません。近代世界システムとは、資本主義が進んだ地域が遅れた地域を搾取し、遅れた地域がより遅れた地域を搾取するという、中心、準周辺、周辺の三極からなる巨大システムであります。

何のことはないです。結局のところアジアは、欧米の用意した近代経済学というレールに乗り、近代世界システムの枠内を中心に向かって驀進したにすぎないのです。そのため、経済発展からアジアの優越を唱えたところで、それは所詮、「釈迦の掌の上の孫悟空」の域を出ません。仮にアジアが世界経済の中心になっても、それは欧米の構築した近代世界システムの継続にすぎず、アジアの世紀ではないのです。実際、アジアの勃興は、環境問題や資源の枯渇、南北格差、地域紛争の激化といった近代世界システムの限界に対し、何の解決策も示すことができませんでした。

つまり私が何を言いたいかというと、今までのアジアの経済発展は、欧米のシステムの延長線上の出来事にすぎないということです。したがって、経済成長は、思想的、政治システム的な意味での「アジアの世紀」を到来させるものではなかったのです。裏を返せば、経済成長の失敗は、アジアの世紀の実現を何ら妨げるものではない、というわけです。

私はむしろ、今こそアジアが21世紀をリードしていく好機だと考えます。経済危機によって、アジアの傲慢な心は一掃されました。そして一時的には達成した経済的豊かさが、人間疎外、過度な競争、環境破壊、物の浪費と欲望の拡大といった、欧米近代の弊害を、人々に見せつけました。今、アジアには、懐疑的な心と謙虚な心が混在し、新たな思想や政治システムが非常に出現しやすい環境にあるのです。問題は、その可能性を、どの方向にのばしていくかであります。

私は「伝統の発見」こそが、今後のアジアが目指していくべき道であると考えます。伝統の発見とは、地球規模の問題群の噴出とその解決策の発見を遅らせている欧米近代の弊害を是正するための、かつてのアジア的価値観の再構築であります。欧米諸国がアジアを植民地にし、近代世界システムに組み込む以前、アジアには中華文化圏やイスラム文化圏など様々な世界単位が存在しました。それらの世界単位の政治システムや思想には、欧米文化に根を下ろした近代世界システムにはない、数多くの発想があったのです。

たとえば東南アジアには、いずれ捨てることを前提として都市を建設する世界単位がありました。その世界単位は、中央集権体制でも完全移住生活でもなく、インスタント都市で経済活動を行い、ある程度のうまみを得たら、別の場所に都市を建設するのです。このような活発な移住活動は、様々な海洋都市のネットワークに支えられていました。捨てることを前提とした拠点建設は、文化的、社会的な差を差し引いても、省エネや環境破壊に頭を悩ます現代に、その解決の糸口を示すものなのではないでしょうか。このように、アジアの世界単位が独自に持っていた知恵を現代へと当てはめてみることは、非常に有益であります。

伝統の発見は、帝国主義時代にも行われたことがありました。真の敵は工業文明そのものであるとしたガンジーのヒンドゥー・スワラージ、近代国家構想に中華思想を取り入れようとした孫文の三民主義などです。彼らに呼応したアジアの民族運動も、欧米の市民革命と異なり、運動に最初から大衆が直接登場し、その大衆参加はあらゆる民族や宗教の違いをも越えていたのです。

このように、近代世界システムやその基本単位である国民国家に対抗可能な伝統が復活しかかっていたにも関わらず、その試みは失敗に終わりました。欧米諸国の脅威への対抗や近代化と民族自決を急いだ結果、欧米のコピーのような国民国家が成立し、アジアは自らの手で伝統を破壊してしまったのです。日本などはその代表的な例であり、宗教の融和によるガンジーの民族運動も、人々が独立を急いだため二つの国民国家を生み挫折しました。このように、アジアは時代的、状況的に恵まれず、欧米のまねをせざるをえませんでした。しかし、国民国家や近代世界システムの限界が露呈し、欧米の相対的重要性が低下した今こそ、欧米近代との第2ラウンドを挑むべきであり、その過程で行われる伝統の発見の成功確率は高いと言えるのではないでしょうか。

伝統の発見のためには、アジアの大衆に根ざした学術体系が必要です。アジア各国は、アジアの政治学、経済学、歴史学、文化人類学などの諸分野を統合したアジア歴史政策学の確立を急ぐとともに、大衆レベルでのアジア的価値観の議論が可能となるようにするべきです。さらに、それがアジアの唯我独尊に陥らないよう、欧米近代の普遍的部分やアジアの欠点を素直に認め、より高度で現実的な学術体系を築いていく必要があります。そして、以上の過程を経て完成した現代版アジア的価値観を、今の政治システムの中に、各国が協調して段階的に取り入れていくのです。

アジアは、世界で最も古い歴史と伝統を持ち、常に世界に貢献しうる思想や政治システムを生み出してきました。近代世界システムで病んだ世界を建て直す。私はこれこそが今のアジアに課せられた、古く、そして新しい使命であり、その方向へ総力を傾ければ、必ずや21世紀はアジアの世紀になるであろうと思います。経済成長という一面的な変化でのみアジアの世紀が語られてきたことを反省し、新たな方面からアジアが次世紀をリードできる可能性が高いことを再度指摘しつつ、弁論を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

即興弁論のテーマ

上記の弁論内容で第一の部は通過できたのですが、第二の部(即興弁論)で私に与えられたテーマは「摂生」でした。アジア的価値観から摂生も再定義され見直す必要があることを、即興で組み立てたのですが、力及ばずで、第三の部までは進めませんでした。

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