ネット社会における常識と異質性の排除

ネットで常識を振りかざす人々

ネットは多様な価値観の坩堝なのが面白いのに、「常識で考えろよ」的な綺麗で整然としたネット社会を求める人が多くなってきている昨今の情勢は残念だ。判断力 なんて誰かが決めるんじゃなくて、清濁混在のカオスの中からアタリとハズレを引きながら自分で身につけるものだ(僕も10代で歌舞伎町とかで手痛いハズレを引いてきた)。

ボッタクリバーはあっていいのだと思いますよ。私はボッタクリバーから沢山の事を学びました。「安全・安心」を掲げる勢力が、歌舞伎町に監視カメラを設置して、ローラー作戦を展開して、歌舞伎町のボッタクリバーや客引きなどを徹底的に弾圧しました。いま歌舞伎町にはほとんど客引きがいない。私達が歌舞伎町を歩くと誰かが監視カメラで見ているのです。安全・安心の代償は大きかったですね。ボッタクリバーでお金をとられたら「そんな所に行くなんて馬鹿だなぁ」って笑い話になるくらいが調度良かったのだと思います。って上野で27万円とられて上野警察署の組織犯罪対策課に相談に行った僕でも思いますw

ガチャ・Study Gift・ボッタクリバー、価値観の違うちょっと危険なものを常識の基準で排除した後には、歌舞伎町の監視カメラのような光景しか待っていないと思うんですよね。

路地裏は都市の本質

裏路地こそ都市の本質だと思います。裏路地が「危ない」ということを子供に説得できない大人達が問題なのであって、裏路地自体を排除してはいけないんですよね。最近、何でも掘り返して表通りみたいに捉える人がはてなとかでも多くて、「まぁ、そりゃ人が通れば何でも表通りになるわな」的なあやうさを感じつつ見ています。公共空間が際限なく拡大していく状況ですね。って言いながら、今日もおっさんメディア化したはてなを楽しみにしていますがw

秋葉原でパフォーマンスをする人を排除したこと

秋葉原の歩行者天国で過激なパフォーマンスをする人達は確かにいたけれど、通り魔事件以降、なぜかパフォーマンスが全面禁止になって、警察官が歩行者天国を巡回するようになり、秋葉原でパフォーマンスをする人達はいなくなった。怪しい物品を売っていた露天商や、雑居ビルにあった裏ビデオ屋も今はほとんど見掛けなくなった。異質なものを排除した街には、予期された変化しか起こらない。秋葉原をつまらない街にしてしまった勢力の素顔をよく目に焼き付けるべきだ。

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