ディズニーランドのマニュアル

東京ディズニーランドを管理するマニュアル

ディズニーランドの強みは97%とも言われる驚異的なリピーター率です。一度来園した人に大きな満足を与え、さらにもう一度来たいと思わせる。このような顧客の満足感を支えたのは、アトラクションの内容もさることながら、高度なマニュアルに基づく徹底した従業員教育であったのではないかと指摘されています。よく知られている通り、ディズニーランドの従業員(キャスト)の多くは若いアルバイトです。

1983年の開園以来、ディズニーランドは本家アメリカのディズニーワールドを手本として、従業員の職種別に300冊以上のマニュアルを作成しました。膨大な量のマニュアルに基づいた運営ではマクドナルドも有名ですが、「こういう時にはこうしなさい」という風に細部まで行動手順があらかじめ決定されているマクドナルドに対して、ディズニーランドのマニュアルは「こういう時にはどういう風に考えるべきか」という行為規範を中心に書かれてあるようです。当然ながらマニュアルは公開されていないため、断片的な情報しかないのですが、例えば次のようなものがあるそうです。

チケットブース(入場券販売)

目的:あなたの仕事はチケットを売ることではありません。東京ディズニーランドへおいでになったゲストと最初にコミュニケーションをとることです。
:目と目を合せて
ニッコリ笑って
ひとこと声をかける
注意:「いらっしゃいませ」とはいわないで下さい。例えば、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」。なぜ「いらっしゃいませ」ではいけないのか。それは日本では「いらっしゃいませ」には誰も返事をしない習慣(デパート、銀行その他)になってしまっている。ゲストから返事をいただいてはじめてコミュニケーションがとれたことになるのだから。
http://www.d1.dion.ne.jp/~masehts/mahts/kou9606.html

ディズニーランドが、「転んだ子供は立ったまま抱き上げず、しゃがんで目線を合わせて抱きなさい」という行動様式を逐一示したアメリカの300冊を超すマニュアルとともに開園したのが83年。
(『AERA』(朝日新聞社)200248日号「脱マニュアルが勝負の決め手」)

このようなマニュアルに従って行動するため、ディズニーランドの従業員はいつも親切です。運悪く愛想の悪い従業員に当たったりすることはないし、不測の事態が起きても顧客優先で行動してくれます。日常生活で起きるような人間関係のトラブルも起きず、人間の嫌な面を見ることもあまりありません。園内は清掃が行き届き、あらゆる配置が訪れた者を楽しませるために合理的に工夫されています。親切な従業員に案内されたアトラクションの多くがハラハラドキドキの冒険の世界が待っていて、最後はハッピーエンドか満足のいく結末で終了します。アトラクションの中での冒険が失敗することはありません。決まった時刻になるとパレードが始まり、ディズニーアニメの仲間達が愛想良く訪れた人達に手を振ってくれます。

ディズニーランドとマクドナルドの類似性

社会の様々な部門がマクドナルド化していることを指摘した社会学者ジョージ・リッツァ(詳しくはファーストフードのページ参照)も、ディズニーワールドの観察を通じて、ディズニーワールドにはマクドナルドによく似た(そして様々な社会の中で進行するマクドナルド化によく似た)特徴を有していることに注目しています。それは、効率性、計算可能性、予測可能性、制御です。

ディズニーワールド(代表的なディズニーのテーマパークを取り上げる)は、多くの点で効率的である。とくに、多くの人びとをてきぱきと処理する方法では、あまり合理化されていない他のテーマパークをまったく圧倒している。1日入場券、あるいは週間入場券によるセット価格は、あるアトラクションの予想待ち時間を示す、多すぎるほどの標識と同じく、その計算可能性を証明している。ディズニーワールドはきわめて予測可能性が高い。客を「だます」ような「詐欺師」は存在しない。従業員のなかではチームが組まれていて、日常の清掃業務の一環として、夜のパレードの後について、ゴミ−動物の落とし物も−を拾い集めている。そのために、客は、うっかり落とし物を踏んで不愉快な驚きを経験することもない。ディズニーのテーマパークは、確実に客が1つも驚きを経験することのないように懸命になっている。その上、ディズニーワールドでは、人間によらない技術体系が人間の技能に勝利を収めている。これは、多数の機械や電気によって動くアトラクションだけではなく、パフォーマンス(たとえば口パクによって)や仕事(マニュアルに従うことによって)が、人間によらない技術体系に管理されている人間の従業員にもあてはまる。
(ジョージ・リッツァ『マクドナルド化の社会』早稲田大学出版会)

ディズニーランドはディズニーアニメを中心にメルヘンの世界を構築しています。しかし、その運営方法や顧客管理には極めて近代的な手法が使われています。すべてが予測の範囲、マクドナルドと同じく満足へと至る過程が計算可能であり予測可能であるわけです。そして私達がそのような環境を選好するようになってきていることもうかがい知ることができます。