jkondoには鋭い眼力があります

はてなの社長が変わりましたね!

何だかんだで、ここまで日本のソーシャルブックマークが維持・発展できたのは、jkondoがいたからこそだと思います。日本のテキスト文化としての「はてなダイアリー」の影響も大きいですね。そんな私は、株式会社はてなの最終面接まで2回進んで、2回とも最終選考で落ちています(2005年と2011年)。

おおつねさんからは「jkondoの眼力がそれだけ鋭かったってことだろう」というコメントを頂きましたw

はてなは多分2002年頃から知っていたのですが、株式会社はてなに応募しようと思ったきっかけは、月刊誌『論座』にjkondoの対談が載っていたからでした。私は朝日新聞社の『論座』と岩波書店の『世界』を毎月購読していました。『論座』でWEBの将来を語るjkondoに惹かれるものがありました。ティーカップも「もういいや」と思っていたし。『論座』、面白かったのに何で廃刊しちゃったんだろうな…。ちなみに『論座』経由ではてなに応募したのは私1人だけだったようです。

はてなを落ちた私は、同じく『論座』に対談で出ていた「こばへん」にも惹かれて、株式会社インフォバーンに進むことになります。ネット黎明期に『WIRED』を出して、私が入社したときは月刊誌『サイゾー』を出したりしている会社でした。そこで、『サイゾー』の携帯SNS「ポケゾー」を作りました。その後にブロガー向け広告出稿システム「ブロモ」を作りました。勤め終わる頃にはGIZMODOの日本版を開始するというので、初期ギズモード・ジャパンのサーバーを構築した記憶があります。でも、私が勤めていた時に、はてなの人とインフォバーンの人が結婚したりして、はてなとは遠からぬ縁を感じたのでした。

その後、RSSリーダーのfeedpath社、専門家ガイドのオールアバウト社、OpenPNEの手嶋屋などを渡り鳥します。途中で、リアルというECの会社にも1ヶ月ほどいたのですが、私が辞めたあとに社長が逮捕されたので経歴から抹消しています。

社長つながりということで、抹消した歴史を書いておくか…。もう会社もサービスも残ってないし。リアルは「もしも」に次いでドロップシッピング国内2位の会社だったのですが、割とブラックでした。社長が社員のメールやSNSを全部監視していて、ある日、私も社長と副社長に会議室に呼ばれました。「お前、いまmixiのコミュニティに書き込みしただろう!業務時間中に何をやっているんだ!」と社長から怒鳴られました。私は「Webで色々なサービスに触れるのもお仕事の役に立ちます」的な話をしたのですが、「お前はどこまで根性が腐っているんだ?業務と関係ないことをして言い訳までする気か!」と、社長と副社長から2時間延々と怒鳴られ続けたのでした。

そういう会社だったので、システム開発も場当たり的でした。リアルのドロップシッピングサービスは、osCommerceというECサイト構築のオープンソースをカスタマイズして動かしていたのですが、1ショップが増えるごとに、新規にMySQLのデータベースを作成していました。約3万件のショップが登録されていて、約3万個のデータベースが作成されていました(レコード件数じゃなくデータベース件数!)。

MySQLは新規にデータベースを作成すると、データディレクトリに1個のディレクトリを生成します。ext3のファイルシステムは親ディレクトリに31,998個までしかサブディレクトリが作れないので、そういう意味でも限界に達していた感じです。Windowsで説明すると、1個のフォルダの中に、3万個のフォルダが強引に作られていて、もうこれ以上作れないよ状態。パフォーマンスも大幅に劣化していました。私の方で新しいデータベース定義とPHP修正と夜間バッチスクリプトを書いて、3万個のデータベースと数十万個のテーブルをレコードとして集約しました。アイテムレコードなどにもショップIDを持たせて…というバッチを回していました。1ヶ月でそれが出来たのが唯一貢献できたことかな。

そんな感じでもECサービスが運営出来ちゃうのです。その後、薬事法違反で社長は逮捕されたのでした。あれは1ヶ月しか持たんわー。jkondoとの器の違いを感じました。

そんな感じで渡り鳥をして、ライブドアに入社します。ライブドアではlivedoor Reader(RSSリーダー)とlivedoor Clip(ソーシャルブックマーク)を担当して、まさに、はてなブックマークはライバルサービスになったのでした。

当時のlivedoor Clip。当時のlivedoor Clipはコメント1,000文字やおすすめページなど、はてなブックマークとは違った特色がありました。

livedoor Readerでやったプロモーションとか。

でも、鬱がひどくなってライブドアも1年しか持たず、打倒はてなブックマークは果たせないまま退職するのでした。

その後、フリーランスでスパムSEO対策サイトの開発とか黒いシステム開発を色々受けて年収1,000万を超えたりしました。

でも、スパムの量産は良心が傷んだのと、会社員じゃないと将来が不安なので、再就職しようと求人サイトに登録しました。

求人サイト経由で、ソーシャルゲーム関連企業、現在のenish社に就職します。「セントラルチーム」っていうかっこいい名前の部署に配属されます。「ぼくのレストラン2」とかやっていました。「ぼくのレストラン2」はGREEですごく人気のあるゲームで、会社でも毎週水曜日がピザパーティーまたは寿司パーティーをやっていました。リアルで毎週寿司が無料で食べられるのは感動的でした。忘年会はクルーザーを貸しきって開催されました。でも鬱は完治していなくて、結局、ここも数ヶ月で辞めます。

その後に就職したのもソーシャルゲームの会社アプリカでした。ここも「バイオハザード アウトブレイクサバイヴ」というゲームを開発していて人気があったのですが…(以下同文  

で、フリーランスに戻ります。

そんな経歴がボロボロの私ですが、とりあえず別なビズリーチっていう求人サイトに登録したらスカウトメールが来たのでした。「株式会社はてな」からでした。

私ははてなの面接を受けるために、京都へと何回か旅立ちます。そして最終面接でjkondoに再び落とされることになります。

その後、しばらくフリーランスをやって、今年起業しました。

以上、jkondoは私の本質を見破れる鋭い眼力があったという話と、私は会社員には向かないという話でした。

経営体制が変わっても、はてなを変わらず愛しています。

追記:あ、3社くらい書き忘れていた(フルスピードとか)。ま、いっかー。