稟議制とは何か

稟議制とは何か

稟議とは、「上位の偉い方々に御意向をお伺いする」という意味を持つ古い言葉です。稟議制とは、行政における計画や決定が、末端の者によって起案された稟議書を関係官に順次回議してその印判を求め、さらに上位官に回送して、最後に決裁者に至る決定方式のことです。つまり簡単に言うと、実務を担当する 下の役人が作成した文書が、様々な関係者(上司)の印鑑を押されながら最終的に決定者(大臣や局長など)まで届く制度のことを言います。

稟議制について本格的な研究を行った辻清明は、稟議制の欠陥として、(1)能率の低下、(2)責任の分散、(3)指導力の分散などを挙げています。稟議書が様々な関係者を経ることによって意思決定まで時間がかかります。決定手続きが下からのもので、上司はその稟議書に印鑑を押すだけであり、 自分が関与したり決定したりしているという意識が乏しくなりがちです。そして、その役所の長がリーダーシップを取ろうとしても、現実には稟議制が末端から 発案されるため大きな混乱が生じることになり、最終的には長も組織に順化されてしまいます。このように、従来の稟議制研究では、稟議制が日本型官僚制の温床になっていると考えられてきました。

意思決定方式の諸類型
井上誠一『稟議制批判論についての一考察』財団法人行政管理研究センター、1981年
類型区分 具体例
稟議書型 順次回覧決裁型 法規裁量型行政処分の決定
持回り決裁型 法令案、要綱の決定
便宜裁量型行政処分の決定
非稟議書型 文書型 処理方式特定型 予算の概算要求の決定
国会答弁資料の作成
処理方式非特定型 生産者米価の政府試算の決定
口頭型 会議への出欠席に関する決定

しかし、このような稟議制研究が事実誤認をしているとする批判があります。まず、日本の中央省庁は全ての意思決定が稟議制に基づいて行われるわけで はありません。官僚出身の井上誠一の研究では、表のように非稟議書型の意思決定方式が多数存在することが示されました。特に予算の概算要求や国会答弁の作 成など、重要度の高いものでも稟議書を介さないものがあります。また、稟議制にも大きく分けて、順次回覧決裁型と、持回り決裁型の2種類があることが分かります。では、順次回覧型と持回り型とは、いかなる決裁方式なのでしょうか。

 

順次回覧型の稟議制

各省庁の文書管理規則では、全ての稟議書による意思決定は順次回覧型で行うことが望ましいと規定されています。しかし実質的には、順次回覧型で処理される稟議書は裁量領域の狭い分野や日常事務が中心となっています。この順次回覧型の決裁では、以下のように稟議書が机から机へ流れることになります。

<主管課>係員(起案者)→係長→業務担当補佐→係員→係長→総括補佐→課長→<総務課>係員→係長→法令担当補佐→総括補佐→総務課長→<上層部>審議官→局長

順次回覧型は重要度の低い問題を扱うため、決裁権は局長に委譲されており、通常は稟議書の事案について調整を必要とする担当課は存在しません。したがって、順次回覧型では、稟議書は主管課と総務課にのみ流通することになります。さらに、日本の役所では、係長の下に係員がいないケース、総括補佐が法令担当補佐を兼任しているケースもあり、この場合、稟議書の関係者は上で書かれている流れよりも少なくなります。

この順次回覧型では、関係者の個別審議を受けることが建前ですが、実質的に審議するのは業務担当補佐あたりまでで、それ以外はほとんど審議らしい審議が行われないのが実態です。さらに、総務局長が稟議書を局長まで回す必要がないと判断した時は、局長の代わりに押印する「代決」も行われています。

このように、順次回覧型の稟議制は、名目上の審議と実態とが大きく乖離しています。このような審議の形骸化は、担当職員の事務処理能力に信頼を置いているために進展したと考えられます。そのため、起案担当者が新人の場合や何らかの不祥事が発生した場合には、より多くの関係者が実質的な審議を行うなど、臨機応変に変動することがあります。

持回り型の稟議制

持回り型の稟議制は、各省庁の文書管理規則では稟議書処理の例外的な方式です。ところが実際には、重要度の高い事案はほとんどがこの持回り型の稟議制によって処理されています。持回り型の決裁権は大臣などの長に属します。また、稟議書は必ず官房文書課の審査を経由しなければならないとされています。さらに、重要な事案であれば調整を必要とする関係課の数も増え、場合によっては他省庁との調整が必要となることもあります。持回り型の稟議書の処理は、以下のようなかたちで流れることになります。

<A局>課長a1課長→a2課長→a3課長→総務課長→審議官→局長→<B局>b1課長→b2課長→総務課長→審議官→局長→<C局>c1課長→総務課長→審議官→局長→<官房>d1課長→文書課長→審議官→官房長→<上層部>事務次官→副大臣→大臣

上の図では課長以下の流れを省略してありますが、順次回覧型で見たように各課長以下にも総括補佐・係長・係員なども関係するため、稟議書に関係する人間はかなりの数にのぼることになります。このため一見すると決裁まで時間がかかりそうに見えますが、実際にはそれほど長い時間を掛けずに稟議書が処理されています。

持回り型では、事案の主管課が、局の総務課長・審議官・局長、官房の関係課長・官房長・事務次官などの意見を確認した上で、課内で第一次原案を作成します。その後、局の総務課・官房の文書課と協議して、この事案について利害関係を持つ関係課を選定します。そして、それらの関係課の担当者を招き、政策協議を行うことになります。この会議の場で主管課の第一次原案について各課から質疑応答と意見聴取が行われ、それをもとに全ての課が納得するかたちで第二次原案の作成が開始されます。第二原案が作成されたら、再び関係する課の代表を集めて協議が行われ、このようなやりとりが調整が完了するまで継続されます。この過程で主管課と関係課には、相互の了解事項を記録にとどめた覚書が交換されることがあります。

これらの協議や会議では、地位の上下に関係なく発言が許容され、適切な意見であれば下の地位のものでも採用されます。さらに意見は、課単位、局単位、省単位に集約されていきます。このため、職員の組織への参画意識は強くなりますが、同時にセクショナリズム(縄張り意識)も発生します。それによって調整が困難となった場合には、総務課や官房文書課が介入して調整に当たったり、事案自体が廃案となる可能性もあります。特に複数の省庁との協議では、国家間交渉のようにそれぞれの省庁が激しく意見を対立させることも往々にしてあるようです。

しかし一般には、このような事前協議が開催されることにより、最終調整を清書した稟議書の流れは想像以上に早いものとなります。持回り型では、主管課が直接稟議書を持って行って担当者に印判を求めますが、担当者は事前に内容を熟知しているため、その場でただちに押印されます。このようにして持回り型の稟議制は予想以上にスピーディーに運用されています。

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