ジェンダーと自由意思

自由意志という問題

一般論になってしまいますが、男女の意識の差というのは繊細な様相になってきているのかなと思いました。今まで男女の性差は(時代や文化によって男女の位置づけや意味合いなどが異なりながらも)「制度」の中でつくられてきました。例えばごく最近まで教育課程の中で「家庭科」を必須で受けるのは女子だけであったりとか(公立高校で家庭科が男女ともに必須となったのは1994年になってからです)。そういう制度的な男女の差は徐々に撤廃され、教育より遅れてはいますが、就業機会や職場環境などでも男女の格差を撤廃する動きは徐々に広がってきています。こういう問題は制度を変えれば何とか解決する(ように見える)のである意味では楽であったと思います。

ただ、この段階に来て現在の社会学やジェンダー研究などで問題となってきたのが、「自由意思」です。つまり制度に規定されずに、個人が自由に意思決定を行っているように見えるけれども、実はその自由意思には何らかの社会的な通念が介在してしまって、結果として男女の社会的性差を再生産し固定化してしまう作用が働いてしまうという問題です。

男女平等が強く意識されるようになった教育現場でも、教師は女子より男子を厳しく叱責する傾向があることは教室観察などで確認されていますし(女子にはここまで言ったらかわいそうという意識があって教育的働きかけに差が出る)、経済的には自由に大学や学部を選べる時代になっても、まだ理系には男子が多く、文学部や外国語学部などの教養系の学部には女子が多い(親が勧めるのではなくて生徒が自発的に選んでいる)。就業を巡っても、雇用に際しての制度的な取り決めはなくなっても、採用側が男性的な快活さ・女性的な淑やかさを内心の「人材評価基準」としてしまうことは往々にしてあるようです。

結婚の自由意思とジェンダー

結婚に関しても男女間の制度的な差はなくなってきていますが(前近代社会のような見合い婚は減っています。見合いは現代もなくなったわけではありませんが、本人の意思や愛情を尊重するなどその意味合いは大きく変わっています)、自由意思・自由恋愛の中でジェンダーを巡る意識は根深く残っています。社会は「制度」から「自由意思」に装いを変えつつ、「男性的なもの」や「女性的なもの」を再生産しています。ある意味でこれは制度的な固定化よりも格差の固定化を可能とします。上から押さえつける「制度」ならば人はその不備を指摘して是正しようと動けるけれど、今のところ「自由意思」の装いでジェンダーが出てきたら「本人の嗜好の問題」として片づけられてしまう。

下方婚を巡っても、それを男性側が気にすることが「本人の嗜好の問題」であるのか「自由意思の装いを持った社会的圧力」であるのかは評価が難しい。個別に見れば本人の嗜好の問題なのでしょうが、男性全体でみて下方婚を気にする人が多いという統計が出ているからには、女性全体から見た場合に社会的圧力となるでしょう。どっちの傾向もある、というのが現状で言えるところなのかもしれません。そしてそういう「下方婚を気にする」という選好に対して「本人の嗜好の問題」と言われれば「それはそうだね」というところしか用意できないのがまた難しいところかもしれません。

女性のライフコースを「女性的なもの」へと社会的に変えていく作用は、最近は自由意思の装いをもちながら再編成されています。

上方婚・下方婚の馬鹿らしさ

ただ、個人の自由意思であっても、下方婚を気にする考えや枠組みを馬鹿らしいとして捉える傾向も出てきていて、この「馬鹿らしさ」を感じる雰囲気というのが、制度的な問題を是正していく大きな原動力となるのかなと思っています。その意味では下方婚について言及している僕自身の立場も「馬鹿らしい」「そんな枠組みは現実にあわない」として否定されてくると思うのですが、そういう状況が来るのは僕の期待でもあると思っています。

(前近代社会の婚姻に関しては「上方婚・下方婚」の記事に書かれてあるように、男性が女性との下方婚を意識することはむしろ少数でした。内容に関しては書かれてあるとおりであり、同意なのですが、その意味合いをちょっとだけ補足すると、そういう記録の残っていた文字文化と無文字文化は分けて考える必要があるかもしれないなと思っています。

文字文化の平安貴族や武家に関しては政略結婚の歴史が残っていますが、無文字文化の庶民の暮らしはというと、伝統的な農村社会に関する民俗研究によると、政略結婚よりは、かなり自由な性的関係を通じての、階層や身分によらない自由な婚姻関係があったようです(この点に関しては、以前このブログでもロマンチックラブイデオロギーでちょこっと書きました。庶民の中で、婚姻について階層や経済の考え方が入ってくるのは、貨幣経済が浸透して農村の中でも「豊かな農家」と「貧しい農家」の差が激しくなり、見合い結婚が流行ってくる江戸後期あたりになってからのことのようです)。

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