地球温暖化はビジネスチャンス 『地球を「売り物」にする人たち』を読了

『地球を「売り物」にする人たち』

マッケンジー・ファンク『地球を「売り物」にする人たち』を読んだ。

この本は発売前から興味があってAmazonで予約注文して発売日当日に購入したけど、なかなか読む時間が取れなくて今日読了。

著者はキューバのグアンタナモ強制収容所から初めて解放された囚人にインタビューしてアメリカの拷問の実態を明らかにするなど気鋭の若手ジャーナリスト。
地球温暖化はビジネスチャンスになる

この本の内容は地球温暖化による気候変動が止められないことをビジネスチャンスとして捉えて活動している企業・個人・国家などを取材したルポルタージュ本となっている。

「気候変動にまつわる議論は、コストとリスクから離れ、胸躍るチャンスの数々をどうつかむかというテーマに移りつつあります」(ドイツ銀行。本書より)

第1章は北極の氷が溶けて北西航路(北極海航路)が出来つつあることを取り上げている。今まで石油などの天然資源は中東など政情不安定な国の領海を多数通る必要があったが、北極の氷が溶けてきたことで北極海を通るルートが現実のものになりつつある。この場合、ロシア・カナダ・アメリカ(アラスカ)を通過するだけなので、3国(特にロシア)が北極海航路を巡って利権を争っている状況を取材した内容。

第2章は気候変動が続くことを確信した石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルが、「ブループリント」と「スクランブル」という2つの未来予測のシナリオを描いて動いている話。「ブループリント」は人々の間で地球温暖化への問題意識が高まり、低炭素社会へ移行した場合のシナリオ。この場合、温室効果ガスを排出する石油は高値になるが、現状の他のエネルギー資源では途上国の需要を満たしきれないので石油は依然として活用され、「二酸化炭素回収貯留」(CCS)事業が活性化する。スクランブルは温室効果ガスの排出規制が進まない場合のシナリオで、この場合にエネルギー資源の浪費は続き気候変動による食糧危機や水害などで各国の対立が激化する。その場合に各国は自国の資源の活用に迫られて大量の炭素を発生させるが石炭の需要が大幅に伸びるという予測。シェルはどちらのシナリオでも利益が上げられる見通しを立てていて、北極の油田開発にも手を伸ばしている。

第3章は気候変動の恩恵を受けるグリーンランドを取材した記事。グリーンランドのフィヨルドが溶けていくことで、グリーンランドに膨大に眠っていると思われる金・石油・レアメタルなどの資源が採掘しやすくなり、デンマークからの独立も実現できる豊かな地域となると考える人々を取材した内容。

第4章は人口雪製造機を開発しているイスラエルの企業がアルプスの雪が溶けることを絶好のビジネスチャンスとして狙っている内容。既にマッターホルンの麓の地域で導入されている。ロシアのソチオリンピックでもデモンストレーションが行われた。さらに氷河の溶解した地域では深刻な水不足が発生しているので、このイスラエルの企業は海水淡水化プラントを開発。世界で400基以上が既に売れて淡水を提供している。

第5章はアメリカの保険会社が民間の消防士を雇って、乾燥化が進んだ土地で多発するようになった火災の消防を保険として売っている内容。アメリカでは00年代に起きた火災が90年代の5倍以上で、気候変動によって樹木の倒壊や水不足、樹木に寄生性の虫が増えたことによって乾燥した木々が増えていることが指摘されている。カリフォルニアで大規模な火災が起きたときは消火するための水も足りなかった。保険会社に雇われた民間消防士は、契約した会社や富裕層の住宅が火災に見舞われたときに消火活動を行う。契約していない家は消火しない。シリコンバレーではこの保険が大量に契約されている。

第6章は世界の水取引の現状。気候変動で水不足の地域が増えたことで、水取引専用のヘッジファンドが設立された。世界中の水利権を買い漁って、これを水不足の地域に高値で売る。今後も気候変動が進むと降雨パターンは両極端になっていくので、水は次世代の石油として投機対象になっている。

第7章はウォール街の投資家が南スーダンのスーダン人民解放軍の将軍と手を組んで広大な農地と水を購入する契約をしている経緯の取材。南スーダンが独立することを狙って肥沃な土地を買い占めて食糧危機の際に高値で売ろうとしている。彼が狙っているのはアフリカの中でもエチオピアやソマリアなど内戦が続いてバラバラになって独立しそうな軍閥に肩入れを行って、肥沃な土地を大量に買い占めることだった。アフリカで人道支援を行っている活動家はこれを「農地強奪」と批判している。彼は今後の世界経済は気候変動によって金融商品や投機的な取引はやがて終わり、人々がパニックを起こして実際の産物の取引を中心に動くようになると予想している。イギリスの不動産会社はロシアやウクライナの黒土が今後は肥沃な農地になるとして買い占めに走っている。中国やアラブ首長国連邦も世界各地で農地とする土地の買収を行い始めている。この将軍との契約は、将軍の土地も北スーダンとの戦闘になったことで打ち切りになった。でも、それは大きな問題ではないという。内戦で最後に生き残った連中が誰なのかを見極めて新政府を樹立するときに買い占めると話していた。筆者に「君にここまで包み隠さないでいるのは、私が悪人ではないと知ってもらいたいからだ。私は心の広い男で、同時に金儲けもしたいと思っている。私が連中に何を与えているか分かるかな?希望を与えているんだ」と語っていた。

…というペースで12章まで解説していると疲れるので、ここまで。詳しく知りたい方は本を購入してみると良いかも。第10章のオランダが海抜が低い土地に護岸壁を建設してきた技術を活かして、「沈む国」に護岸壁を販売するビジネスを行っているのも興味深かった。そして筆者が書いていることだけど「1人として悪人には出会わなかった。彼らは純粋に利益を追求しているだけだった」。

気候変動への適応

地球温暖化問題への対策は国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で議論されている。日本での報道は温室効果ガスの排出規制がどうなっていくかに偏りがちだけど、IPCCには3つの作業部会がある。

第1作業部会は「科学的根拠」。気候変動のメカニズムに関してはまだ解明されていない問題も多く、気候変動が人為的な活動で排出された温室効果ガスによるものかに関しても懐疑的な研究もある(大気中の二酸化炭素濃度が高まっていることは確かだけど)。気候変動の科学的根拠に関して議論が行われている。

第2作業部会は「適応」。温室効果ガスの排出規制を計画通りに続けて行ったとしても、気候変動は止められない可能性が高い。計画通りに進まずにこのままのペースで温暖化が進む破局的な状況も起こりえる。温暖化していく地球に「適応」して文明や生態系を維持していくための政策が議論されている。生態系の計画的な保護、食糧不足への対応、海面上昇への対応、海水温上昇への対応、水害や水不足や降雨環境の変化への対応、伝染病や熱中症などへの医療体制など。

第3作業部会は「緩和」。いわゆる温室効果ガスの排出規制。第3作業部会の「緩和」は最優先で取り組まなければいけないけど、それと同時に「適応」も計画的に行っていかなければ、このまま気候変動が続いたときに甚大な被害を受けることになってしまう。

日本政府の審議会でもこの「適応」が徐々に議論され始めてきている。しかし日本の「適応」に関する政策は欧米より5年は遅れていると指摘されている。低炭素社会を目指すだけでは気候変動に耐えられない。

地球温暖化ビジネスに関して

地球温暖化をビジネスチャンスと捉えている企業や人々の立場も無下に否定は出来ない。彼らは人類の存亡など二の次で温暖化が進むことで儲けることが出来ると考えて活動しているけど、「適応」が必要となったときに彼らの経済活動や技術が役に立つ可能性もある(実際、現時点でも気候変動で彼らに助けられている人々もいる)。

「緩和」と「適応」がうまくいかなかった場合、人類や生態系は深刻な危機を迎える可能性が高い。

地球温暖化を取り巻く状況は業が深いな…と思った。地球を青き清浄の地に戻して人々を救えるときは来るのだろうか。

(風の谷のナウシカ)