「ブログは日本では流行らないんじゃないか?」と言われた…

「ブロガー」「メディアクリエーター」の呼称論争は超どうでも良いのだけど、「ブロガー」という言葉が相対化されているのを聞いて2002年頃の日本のWebを思い出した。

「ウェブログ」って何?

ブログは元々ウェブログと呼ばれた。2002年頃から「アメリカでは9.11以降、ウェブログが急速に流行っている」という話を聞いた。個人が情報発信できて論説や日々の記録を書き綴れるツールとして紹介された。

しかし、この「ブログ」(ウェブログ)が日本で流行るかどうかに関しては、当時「ブログなんて流行らないんじゃねーの?(‘A`)」という懐疑的な意見がかなり多かった。日本のネット文化は伝統的にパソコン通信の頃から個人のテキストサイトを中心に発展しており、掲示板や日記などのオーサリングツールも沢山あった。

あめぞう→2ちゃんねるの流れもそうだし、レンタル掲示板の「teacup.」、日記ツールのtDiaryなど優れたツールも沢山あった。個人でHTML作成ソフトで「○○’s ホームページ」などを開設して日々更新している人も沢山いた。

ニュースサイトやインテリジェンス層がネットをリードしていたアメリカのネット文化に比べて、日本はボトムアップのテキスト文化が既に出来上がっており、ブログの差別化要因は少なく、ブログという語感や概念も日本人には馴染まないのではないかと言われていた。

Movable Type

私も2002年に当時アメリカで流行りだったブログエンジンのMovable TypeのVer.2系を、自分のレンタルサーバー(CPI 現在のKDDI Webコミュニケーションズ)にインストールしてみた。Movable Typeの動作にはPerlの実行環境とDBが必要だったので、これも共有サーバーが多かった日本の個人Webサイトでは足枷になっていたのだけど、幸いなことにCPIではBerkeleyDBを使ってMovable Typeを動かすことが出来た。

しかしテンプレートの構築が非常に難しかった。現在のように無償のテンプレートが各サイトで配布されている状況とは違い、テンプレートに関する情報は極めて少ない。Movable Typeのテンプレートタグの意味を一つ一つ調べつつ再構築で何度かエラーに直面しながらブログを作っていった。

RSS、トラックバックなど、それまで日本のWeb文化では聞き慣れない単語もその時に憶えた。しかし、その便利さを実感するのは難しかった。当時はRSSリーダーはほとんどなく、トラックバックも本当の言及とスパムの判別が難しくて苦労した。海外のトラックバックスパムがあまりに多いので、日本語のトラックバックしか受けつけない「鎖国」というテクニックもあった。

日本でのブログの普及

そんな感じでブログはなかなか日本では普及しなかった。2003年にはてなダイアリーがサービスインするけれど、tDiaryとのテーマ互換性に重きを置くものだった。

そこに転機が訪れる。2003年11月〜12月に掛けて、エッジ(後のライブドア)とNiftyがそれぞれlivedoor Blogとココログというブログサービスを発表した。

NiftyのココログはMovable TypeのOEM提供だった。ライブドアのlivedoor BlogはMovable Typeなどを参考に池邊さん(現LINE役員)がほぼ1人でPerlのコードを書き上げたようなものだった。日本の大手プロバイダがブログサービスに乗り出したのは衝撃的だった。

(眞鍋かをり)

しかし、それでもまだ日本にブログが普及するには決定打に欠けていた。そこでインフォバーン社などがNiftyに働きかけて始まったのが、眞鍋かをりという新人タレントを起用した「眞鍋かをりのココだけの話」だった。「眞鍋かをりのココだけの話」は2004年のトラックバック数日本記録をつくり、「ブログの女王」と呼ばれた。

またこの頃にライブドア社の堀江社長(当時)がテレビなどで「ブログ」という言葉を頻繁に使ったのも大きかった。この頃にはテレビで堀江社長の動向を見ていく中でブログに興味を持って始める人も多かった。

Technoratiなどのブログ検索専門のサービスも出現し、feedpathやlivedoor ReaderなどRSSリーダーも続々と世に出てきた。また、当時ブラウザ市場で独占的な地位を占めていたInternet ExplorerにもついにRSSリーダー機能が追加されることになった。雨後の竹の子のように色々なブログサービスが沢山出てきた。

サイバーエージェントのAmebaブログはJavaで開発されていた後発のブログサービスだった。芸能人を起用するなどタレントの獲得に力を注いでいたが、機能の面では他のブログサービスに大きな開きがあった。そのため当時はアメブロはよくWeb業界でバカにされていたけど、有名人を起用したプロモーション戦略の威力が後々大きな力を発揮することになる。

ブログブームの中の私

この当時、インフォバーン社がGizmodoの日本語版を始めるのだけど、GizmodoのサーバーをセットアップしてMTをインストールしたのは私だった。アドサーバーも必要というので日本であまり実績は無かったけどphpAdsNew(現OpenX)を導入した。インフォバーンはlifehackerなども始めるけど、その頃には私は退職している。

なお、この頃に私は「次世代情報都市みらいBlog」を運営して記事を書いたりしていたのだけど、宮台真司氏から「残念ながら初歩的な読解ができていません」「ずっと高いレベルでのコメントをお待ち申し上げております」というご指導を受けているw

この頃にMovable Typeに代わってWordPressブームがアメリカで起きていた。しかし、日本でのブログ構築はMovable Typeが主流の時代がしばらく続いた。私は商用利用は有償のMovable TypeよりもオープンソースのWordPressへの移行を薦めたけど、なかなか実現しなかった。

WordPressはPHPで動作するためサーバー環境が限られていたのと、動的生成のため当時のサーバーでは処理が重く、DBはMySQLでしか動かないということがネックになっていた。しかしこれらは過渡的な問題で、MTも記事数が増えてくると再構築に時間が掛かるという問題点を抱えていたこともあり、やがて日本でもWordPressがMovable Typeのシェアを逆転するようになる。

その後、feedpath社に転職して、オールアバウト社に転職して、手嶋屋に転職して、ライブドアに転職するなど渡り鳥をすることになる(他に社長が薬事法違反で逮捕された会社とか)。

ブログとSNSのシェア争いとTwitter

ブログにも地殻変動が起きていた。一番大きいのはSNSの台頭だ。mixiやGREEなどのSNSがユーザーを伸ばして、コアな情報を書く人達はかなりブログからSNSへと移っていった。

「MySpace」が日本に上陸したときは日経の1面で取り上げられ、次は「セカンドライフ」のブームが来るんじゃないかとも言われた。どれも当たらなかったけど。

Twitterは2007年頃から日本でもユーザーが増えていった。Twitterも当初は「140文字しか投稿できない制限ブログ」という扱いであまり注目されていなかった。また、Twitterのソーシャル性に注目したいくつかの企業がTwitterクローンのようなサービス(「nowa」「Amebaなう」「はてなハイク」など)を始めたけど、大きくヒットすることはなかった。

Twitterが日本で本格的に普及するには何度かのブームを経なければキャズムを越えることが出来なかった。「クジラ」を見ることも多かった。TwitterはRuby on Railsで開発されていたけど、スケーラビリティの問題で現在はJavaで開発されている。

それはfacebookも同様である。私はfacebookがサービスインしたときに登録したかったけど、アメリカの大学のメールアドレスを持っているユーザーしか登録できなかった。日本に上陸した時も有志が日本語の翻訳をやっていた。その日本の有志の集まりにザッカバーグが来日したりして、まだまだニッチな時があった。

ブログの復権

そしていま、ブログが復権しようとしている。Webサービスを巡る様々な激闘や腐臭を乗り越えて、再び人はブログへと集まろうとしているのだ。

そういう歴史を踏まえても「ブログ」や「ブロガー」はダサくて、彼らは「メディアクリエーター」を自認するのだろうか。彼らがクリエイトしているものは何なのだろう。

いけない、いけない、こんな古参なことを書いたらシロクマ先生とシンクロしてしまうw

この記事をシェアする