東北の郷土コミック『ファシクラ伝』(絶版)の可能性

福島県で中学時代を送っていた頃、仙台の本屋さんで千葉真弓『ファシクラ伝』という漫画を買った。

(支倉常長の肖像画)

『ファシクラ伝』は、江戸時代初期に伊達政宗の慶長遣欧使節団としてメキシコ・スペイン・ローマを訪問した支倉常長という人物を描いた漫画だ。

この慶長遣欧使節団はスペインとの交易とキリスト教の司教の座を仙台に設置することを主目的であるとされている。当時のスペインの王宮やローマには日本のキリスト教弾圧の情報が伝わっていたので、交渉は大きな成果をあげず帰国したことになっている。

(慶長遣欧使節団のルート。日西観光協会)

しかし、この慶長遣欧使節にはもう一つの目的があったのではないかという説がある。それは「倒幕」。伊達政宗はスペインと極秘裏に軍事同盟を結んで徳川将軍家を滅ぼそうとしたのではないかという説だ。

『ファシクラ伝』は、この倒幕説の立場に立って、支倉常長一行がメキシコ・スペイン・ローマで交渉を繰り広げるという漫画だ。これがすごく面白くて、中学生の私は何度も読み返した。

宮城の出版社が出したので、東北限定販売だったのともう絶版になっていて古本でしか入手が難しいのだけど、このまま絶版のままにしておくには惜しいコミックなので紹介したい。

伊達政宗からの密命

『ファシクラ伝』では、支倉常長が出航にあたって、片倉小十郎から今回の渡航の目的を告げられる。表向きは交易条約の締結だが、真の目的はイスパニア(スペイン)の無敵艦隊を日本に呼ぶこと。関ヶ原で勝利したとはいえ、徳川将軍家はまだ政権基盤が盤石ではなく、大坂には豊臣家が残っていた。伊達政宗は豊臣方と呼応してスペインの無敵艦隊を江戸湾に突入させて江戸を砲撃する計画であることが伝えられる。

しかし、この時、伊達家は「アルマダの海戦」でスペインの無敵艦隊がイギリス・オランダに惨敗した事実を知らない。アルマダの海戦で敗れたスペインは、世界の海の支配権をイギリス・オランダに奪われて凋落しつつあった。

奴隷貿易とインディオスの虐殺

慶長遣欧使節団を乗せたサン・フアン・バウティスタ号は現在のカリフォルニアに近いメンドシノ岬に到達。そこからアカプルコに移動する。アカプルコで使節団が見たのは、奴隷貿易、そしてアメリカ大陸の原住民インディオスが虐殺された事実だった。

徳川家の隠密

徳川家の隠密・銀弥。徳川家はイギリス人のウィリアム・アダムス(三浦按針)を外交顧問に就けてアルマダの海戦の詳細を知っていた。徳川家は幕府の同行団の中に隠密を偲ばせて、イスパニアもろとも伊達家を潰すことを画策していた。銀弥は伊達家とイスパニアの軍事同盟を成立させて、伊達家を追い落とそうとする。

 

(アルマダの海戦「無敵艦隊の敗北」)

副王との会談

ノビスパニアの都・メヒコ(現在のメキシコ)で副王と会談する支倉。この頃からイスパニアは奥州国王マサムネを支援して艦隊を送り皇帝(トクガワ)を倒すことを検討し始めるが、支倉の真意を掴めずにいる。遣欧使節団に同行したソテロ神父は、マサムネを次期皇帝にすることによってアジアに強力なカトリックの同盟国をつくり、イギリス・オランダなどプロテスタントの国々と対抗するべきであると説くが、それが逆にイスパニア側の不信感を招いてしまう。

 

スペインに到着した使節団

メヒコを後にした遣欧使節団は日本人としてはおそらく初めて大西洋を渡り、スペインに到着する。支倉一行はスペインで手厚い歓迎を受けるが、銀弥がスペインの貴族達にスペイン艦隊を送るべく吹聴する。

この頃、日本では大坂の陣が起き、徳川家と豊臣家の争いが大詰めを迎えようとしていた。しかし、このような情勢を支倉は知らない。

マドリードに到着した支倉は、イスパニア国王フェリペ三世と謁見する。しかし、アルマダの海戦で海上の支配権を失ったイスパニアは、イギリス・オランダの海賊の餌食とされ、マドリードの王宮は破産の危機に直面していた。幕府の目付・矢部が銀弥の策略によってマドリード市街で貴族の子弟に襲われる。

ローマ到着

ローマへ到着し、法王に謁見する支倉。しかし、この頃、バチカンには既に日本のキリスト教弾圧の情報が入っていた。スペインとの交易を法王に仲介してもらうことや仙台へ司教座を設置する交渉はうまく進まない。しかし、それは支倉の望んだ道であった。徳川家による伊達潰しを防ぎ、日本に再び戦乱を巻き起こすことのない道を選択したのだ。

このローマの支倉と政宗の関係を綴った詩がとても好き。昭和2年にこんな素晴らしい詩集があったのか。

ローマで銀弥との死闘が繰り広げられる。古代ローマ時代のキリスト教徒の地下墓地を視察したとき、支倉は伊達潰しを防ぐために全ての交渉を失敗に終わらせるよう仕向けていたことを告白する。

日本帰国

支倉らは交易や軍事同盟に関する具体的な成果をあげられないまま日本に帰国する。支倉は仙台へと戻り伊達政宗と再会する。これによって支倉が見てきた世界が政宗へと伝えられた。2年後、支倉常長死去。最後までキリスト教の教えを守り続けた。

日本では熾烈なキリスト教への弾圧が行われていた。遣欧使節に同行したソテロ神父は長崎で捉えられ(漫画では薩摩となっているけど正確には長崎)、火あぶりの刑となる。使節団の1人であった黒川市之丞は浦上へと逃れ、ここに隠れキリシタンの拠点を築く。

明治維新後、長崎の大浦に教会が設置されると、厳しい禁教の時代を生き抜いた浦上の人々が神父に「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」と信仰の告白を行う。隠れキリシタン発見の報告はすぐに西洋諸国に伝えられ大きなニュースとなった。

再び世界と向き合うことに迫られた明治政府は岩倉具視を団長とする遣欧団を派遣。そこで今まで日本の歴史から消えかかっていた支倉らの慶長使節団の足跡を知ることになる。

郷土コミックの可能性

『ファシクラ伝』は今にして思うと歴史展開に無理なところもあったけれど、郷土の偉人の功績を知ることができて、郷土史への興味を惹くものだった。郷土の書店だからこそ知ることができた本であったと思う。

この本が今や絶版になっているのは東北にとって非常に惜しい。「経産省コンテンツ緊急デジタル化事業」は本来こういう書籍を電子書籍化して次代へと伝えるべきではないだろうか。