フィリップ・コトラー教授の『ブランド』『イノベーション』成長戦略まとめ

ブランドとは何か

GoogleやAppleのように、自社製品と競合他社の製品との明確な違いを打ち出すことによって、消費者は複雑で多様な製品の中からその会社のサービスを識別できるようになります。この違いが「ブランド」であり、このブランドを会社の資産として捉える「ブランド・エクイエティ」(ブランドの無形の資産価値)が重要であるとコトラーは考えています。実際、Appleは自社ブランドを維持するために製品や店舗の研究開発に多額の投資を行なっています。ブランドが確立できれば、「ググる」という言葉が一般化したように、消費者の日常生活に大きな影響を与えることができるようになります。

ブランドの選択

ブランド資産の確立のためには、まず自社ブランドの選択が大事です。消費者の記憶に残るか、消費者がそのブランドを好んでくれるのか、どこまで競合に対して防御できるのか、などがブランドを選択する上での基準になります。ブランドが認知されると、「チュッパチャプス」などのような聞き慣れなかった造語が、キャンディをしゃぶる子供をイメージするように、消費者が連想を浮かべてくれます。世界で最も高価なブランドはコカ・コーラで、そのブランド価値は680億ドルに達すると試算されています。このようなブランド価値の創出へ向けて戦略を打ち出すことによって、例えばソニーの「VAIO」がマルチメディアなパソコン、GAPがカジュアルな衣料、というような連想を消費者に生み出すことが可能になります。ブランドの設計においては、自社ブランドの市場価値を最大化しつつ、競合他社のブランドとの重複を最小化することが重要です。

自社のポジションの分析

ブランド価値の戦略立案のためには、自社のポジショニングを設定することが大事です。そのためには、まず自社がどのように人々に連想されるかを想定することが鍵となります。例えばイケアは「スウェーデンの良質な木」という連想の上にインテリア家具メーカーとして世界進出しました。クレジットカードの世界においては、VISAが「どこでも使える」ことをイメージさせて成功したのに対し、アメリカンエクスプレスは特定の人にだけカードが持てることをウリにしてきましたが、最近はアメリカンエクスプレスも加盟店数を増やしてVISAカードのイメージを覆そうと挑戦しています。このように自社と競合他社の「類似点」「相違点」を発見して、差別化戦略を打ち出すことが大事です。

ブランドの長期トレンド

また、そのブランド製品が、「導入期」「成長期」「成熟期」にあるのかという現状分析も大事です。BMWは、当時の世界唯一の高級車というイメージでヒットしました。ヤフーは成長期に検索エンジンだけではなく、メールやショッピングなども含めたポータルサイトとしての地位を築きました。コカ・コーラは、成熟した清涼飲料水市場にあってペプシの挑戦を受けましたが、クラシック・コークを導入することによって軌道修正しています。

競合他社に関する分析

ブランドが決定したら、競合他社を分析する必要があります。自社がその市場において強いのか弱いのかを測定し、強いのであれば防衛策を、弱いのであれば攻撃策を考える必要があります。例えば、ソニーは、ウォークマンによって築いた先導的地位を活かして、たえず業界の支配的な企業として防御策を打ち出してきました。ボーイングに対してエアバスは後発でしたが、エアバスは複雑化して高価格になっていたボーイングの旅客機に対して、低価格路線を取ることでブランドの確立に成功しています。

模倣とニッチマーケットの開拓

サムスンも当初、日本企業の模倣から入りましたが、低価格路線を打ち出すことによって、日本企業を上回る利益をあげることに成功しました。マーケットにおいて支配的ではなくても、価格や模倣などのブランド戦略を取ることによって成功した事例は沢山あります。多くの企業にとって、マーケットにおいては支配的な存在ではありませんが、模倣とニッチマーケットの開拓によって大きなブランド市場を切り開くことができます。

イノベーションの重要性

Apple、Google、サムスンなどの企業はイノベーション(技術革新)によって世界に影響を与え、私達のライフスタイルを大きく変えました。これらの企業はイノベーションを継続して発生させることによって成長を維持しており、多くの企業もイノベーションを発生させようと努力しています。しかし、イノベーションを発生させることは容易ではありません。時にはイノベーションに失敗することもありますし、創造だけではなく破壊が必要が場合もあります。私達はなぜイノベーションが必要なのか、イノベーションのアイディアやプロセスをどのようによって創りだすのか、考えていく必要があるでしょう。

イノベーションを起こさないことのリスク

ソニー・システム技術研究所の所長の鈴木雅博氏は、「イノベーションを起こさないことのリスクは、イノベーションを起こすことのリスクより大きい」と話しています。例えばスマートフォンにおいてAndroidの技術に大きな欠陥があったブラックベリーは、後発のAppleのiPhoneに大きくシェアを取られてしまいました。イノベーションが発生しないことはリスクの問題であることを多くの企業が自覚する必要があります。

イノベーションの多様な形態

イノベーションは必ずしもブレイクスルー(爆発的発展)の形態を取るとは限りません。ケロッグやクラフトフーズなどの企業においては、商品を徐々に新しくしていく「漸進的なイノベーション」を取ることによって、イノベーションを日常化しました。ブレイクスルーを起こすようなイノベーションはリターンも大きいですがリスクが高く、競合企業が新しいパッケージを開発することに絶えず気を配りながら、漸進的に商品を新しくしていくイノベーションの形態もありえます。また、イノベーションは製品だけではなく、スターバックスの店舗型のようなビジネスモデルもあり得ます。誰もがiPhoneのようなブレイクスルー型のイノベーションを起こすことを願っていますが、ブレイクスルー型のイノベーションは多くの企業では滅多に起こりません。

イノベーションを阻害する要因の発見

イノベーションがほとんど見当たらなかった場合、何が障害になっているかを考える必要があります。例えば既存産業で成功を収めているために、誰かが同じことをするリスクを最小化しようとする防御策ばかりを取っている場合もあるでしょう。しかし、このような抵抗は、やがてAmazonの出現が業界を大きく変えたような変化によって、自分自身を危険に晒してしまうことになります。また、革新的な新技術はすぐに期待するような利益をもたらすとは限らない点も注意する必要があります。変化し続けないことによるリスクの方が、変化し続けるリスクよりも大きいということを示すリーダーシップが必要です。

イノベーションの失敗に対してペナルティを科してはならない

社内にどのようにイノベーションを植え付けるかは大きな課題ですが、AppleやGoogleはCEO自らがイノベーションを起こしたエンジニアを表彰する制度を設けて、積極的にイノベーションを奨励しています。また、一方で、イノベーションの失敗に対して、ペナルティを決して科してはならないということも重要です。イノベーションの過程では失敗はつきものです。失敗から多くのことを学ぶことによってイノベーションが生まれます。P&Gのような企業ですら、80%の新製品は失敗に終わっています。また、クリエイティブな人材の育成や、クリエイティブな人材を呼びこむような組織をつくっていくことも重要です。トヨタでは従業員全員が200万のアイディアを出すことを求めており、サムスンでは分野横断的に新製品を生み出すチームを編成しました。Appleは、製品の設計ではIDEOという企業にアイディアを頼っていて、外部のアイディアを積極的に取り入れています。

顧客や新技術はアイディアの源泉

GEなどの企業のマーケティングは、既存製品の販売に関する大きな戦術集団と、5年後などを見据えた将来を自由に考える小さな戦略集団によって構成されています。長期的なトレンドがどのように変化していくかについて研究していくことが次重要です。また、新商品の開発過程においては、顧客は、アイディアの主要な源泉です。顧客を巻き込んだ「共創」(顧客の商品開発への参画)、「リードユーザー法」(先進的な使い方をする顧客の研究)、「クラウドソーシング」(インターネットなどを通じてアイディアや解決策を募集する)によってアプローチを改善して行かなければなりません。新技術はもうひとつのアイディアの源泉であり、ロボットやナノテクノロジーなどの新技術に関して研究を行なっている企業や研究者と提携していく事も重要です。

新製品開発にあたっての6つの役割

新製品の開発のプロセスにおいては、社内に以下の6つの役割を持った人々が登場することになります。

  1. 活性剤となる人物(変化の機会について気づく役割)
  2. ブラウザ(機会を調査して将来有望かを分析する役割)
  3. クリエイター(コンセプトをまとめてプラスであるかを評価する役割)
  4. 開発者(試作品を作り製造過程を開発する役割)
  5. 実行者(製造販売の実行を行う役割)
  6. 促進者(資金を集め納期に合わせる役割)

イノベーションに役立つ創造的なツール

イノベーションにより新しいアイディアを見つけるためには、創造的なツールを使いこなすことが重要です。アイディアやコンセプトをつくるクリエイティブなツールとして以下が考えられます。

  • ブレーンストーミング(グループに明確な課題を与えて自由に考えを出させる)
  • 創造工学(アイディアの構成要素を明示して、その構成要素から連想的に着想を考えていく)
  • ブルーオーシャン戦略(競合のない新しい産業や市場を思い描く)
  • 形態素解析(課題の構成要素を分析し、それを別なものに置き換えることによって解決をはかる)
  • 属性列挙法(変えたいと思っている製品やサービスの特徴のみに焦点を当てて、その数を減らしたり増やしたりする)
  • 水平マーケティング(顧客のターゲットを変えることで現在流通している製品を変えていく)
  • ビジット・トリップ(着想を得るために色々な市場や場所を訪問する)
  • 顧客価値の再定義(顧客が自社のサービスから逃げてしまわないように価値を修正する。価格に対してより多くのものを提供するなど)

経済のグローバル化

経済のグローバル化が進み、世界の大企業の経済活動は今や一国の経済をも凌ぐようになりました。しかし、グローバル市場で活躍しているのは大企業だけではありません。エナジードリンク市場の70%を獲得しているレッドブルは、オーストリアで創業。最初にハンガリーに進出したのが1992年。そこからわずか10年で世界100カ国以上で販売されるようになりました。「レッドブル 翼をさずける」というキャッチフレーズだけで世界市場に浸透させていったレッドブルの「種まき戦略」においては、まず世界のクラブやバーにターゲットを絞り、そこから徐々にコンビニやレストランへと規模を拡大して行きました。リスクはありますが、このような機会を中小企業が掴むことは可能です。そのためには分析と決断が重要です。

なぜ海外市場に向かう必要があるのか

まず、なぜ海外市場に向かう必要があるのかを考えてみる必要があります。国内より高い利益を海外で稼ぐことができる、自国では海外企業に攻撃されていて対抗措置として海外へ進出する、などのいくつかの理由が考えられるでしょう。マクドナルドのハンバーガーや日本の寿司のように、国内だけではなく海外に進出することによって、その国の中でも文化として定着して大きな利益を上げる可能性もあります。しかし、海外進出においては、その国の文化や習慣に馴染むか、海賊品の横行などのライセンスの問題が発生しないか、その国が政治的・経済的に安定しているのか、などの様々なリスクが、企業の海外進出を躊躇させている面があります。

参入市場の決定

海外進出の戦略立案にあたっては、参入市場の決定が重要です。企業の海外参入には、外国の市場に徐々に参入していく「ウォーターフォール」アプローチと、限られた期間に多数の国に同時に参加する「スプリンクラー」アプローチがあります。松下電器、BMW、GE、デルなどはウォーターフォール的なアプローチです。いっぽう、Windowsを販売したマイクロソフトはスプリンクラー的なアプローチで先発有意性を確保しました。

参入市場して魅力的なBRICS・ASEAN諸国

また、BRICS諸国やASEAN諸国のように成長が著しい市場にターゲットを絞ることも重要です。これらの国々においては、価値の高い商品への所有欲が旺盛で、生活の質を向上させるために対価を支払う手段を持ち始めている人々が増えています。先進国の成長率は鈍化傾向にありますが、BRICSやASEANのような新興国の成長率は急激に延びており、先進国のような生活水準を求めてきています。

海外進出に求められる企業の能力

海外進出にあたっては、海外事業に熟達している従業員の用意が欠かせません。参入しようとする国々で営業したことのある経験豊かな人材を雇うことが重要です。海外市場に参入するならば、最初の頃には多くの損失が出ることが想定されます。国際化の最初の目的は、利益ではなく、「生き残り」です。場合によってはナイキやAppleのように全て外注するという事もあり得るでしょう。海外に進出した企業は、間接輸出、直接輸出、ライセンシング、ジョイントベンチャー、海外営業所などの段階を経験しながら学習していく必要があります。GEなどでは国際経験豊かな人材による専門部署があり、そこで各国のマーケットや文化の違いを分析して最適な戦略を立案しています。

低経済成長期における海外進出の意味

低経済成長期を迎えている先進国の企業にとって、高い経済成長率を維持しているBRICSなどの国々への進出は成功への道筋となります。高度経済成長によってこれらの国々では中産階級が増加しています。彼らは良質なサービスを求めており、そのサービスへ対価を支払う準備もできています。ただ、海外進出にあたって、文化や政治的な障壁によるリスクはもちろんあります。海外の経験豊かな人材を雇い、海外のマーケットへの研究投資をおこない、コストとリスクに対して高いリターンが望まれるプロジェクトを立案する必要があるでしょう。